SSブログ

【鎌倉街道】学習院から鬼子母神へ [鎌倉街道]

今更ながら、鎌倉街道とは、
鎌倉時代、幕府から招集がかかった時に各地の武将が鎌倉に駆けつけるのに使った道、
だ。

だから江戸時代の街道のようにひとつの街道を指すのではなく、
鎌倉へつながるいくつもの道が鎌倉街道として伝わっている。
大きく分けると、
府中を通って上野の国につながる上道(かみつみち)、
二子で多摩川を渡り下野の国につながる中道(なかつみち)、
古東海道を踏襲して下総の国や常陸の国につながる下道(しもつみち)、
の3つのルートが知られている。
これら3つのルートも1本の道ではなく色々と別れているので、
都内だけでも色々な鎌倉街道がそこかしこを走っている。
というわけで鎌倉街道が1本の道でつながっているわけではないと理解してもらえると
今後の更新時に混乱しないで済むのかなーと思う。


んで、今日ちょっと走ってきたのが、
中道の中で神田川を面影橋で渡る谷の部分。
スタートは学習院大学前の諏訪通りから入る道で基本北へ向かう。


早稲田通りに突き当たるので左折して信号を渡る。
東にもどって道標を頼りに左折する。
ここの道標はわざわざ残してあるので古いものかと思いきや、
高田馬場駅とか早稲田大学との表示があるので江戸以前のものではなさそう。
P2032869.JPG






山吹の里の碑は江戸城を築城した太田道灌にまつわるもので、
狩りの途中で雨に降られた道灌がこの辺りの農家の娘に蓑(当時の雨具)を借りたいと申し出たところ、
山吹の一枝を渡されて「花じゃなくて蓑が欲しいんだyo!」という話を家臣にしたら、
それは「七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき」という和歌にかけているのでは?
「蓑」がないことをこの和歌の「実のひとつだに なきぞ悲しき」を使って表現した風流なお話。
その舞台がここなのですよ、というのがこの碑なのだけど、
案内板には他にも候補の地がいくつかあるらしい。


神社仏閣が多いというのとカーブの具合が古道を感じさせる。
坂を上り切ると鬼子母神の参道が始まる。


参道の石畳が良い感じ♪





最近、子供が走っていると観察してしまう。
ああやって楽しく走りたいものだ。

ツイッターでの投稿の通り、この先鎌倉街道は消失している。
そういう区間はまだ別の古道っぽい道を選んでつないで、
寄り道しながら元の街道や別の街道を目指して走るのが面白い。
これを続けて、いつの間にか全部走ってた!とかできたらいいなと思う。




にほんブログ村 その他スポーツブログ ランニングへ
にほんブログ村
タグ:街道
nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ

nice! 4

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント